モデルとして活躍しているギャビーさん。
日本人離れした顔立ちで「ハーフ?」と言われていますが、アメリカと日本のハーフなんです!
国籍や出身地、本名や家族構成も気になりますよね。
- ギャビーはハーフ!
- ギャビーの国籍はどこ?
- ギャビーの出身地や本名は?
- ギャビーの父親や母親など家族構成は?
詳しく調べてみました!
ギャビーはアメリカとのハーフ!
モデルとして多くのファンを魅了しているギャビーさん。
やすらぎくん魅力溢れる素敵な方だよね
その整った容姿は日本人離れしているとも思えますが、一部で「ハーフなの?」と噂になっているんです。
ギャビーさんは
アメリカと日本のハーフです!
ギャビーさんは、
- 父親:日本人
- 母親:アメリカ人
で、アメリカと日本のハーフとして生まれました。
やすらぎくんアメリカってどんな国だっけ?
アメリカは、世界をけん引する大国で、英語を公用語としています。
ギャビーさんはアメリカ合衆国ニュージャージー州で生まれ、4歳の時に福岡県筑紫野市に移住しました。
国籍はどこ?本名は?
アメリカと日本のハーフのギャビーさんですが、
国籍はアメリカ合衆国だと思われます。
ギャビーさんは国籍を公表していません。
あそっちアメリカ生まれだからアメリカ国籍の可能性があるッピ!
ギャビーさんの本名は
ガブリエラ・フェイス・ジェイド(GABRIELLA-FAITH JADE)です!
ギャビーさんの父親は日本人ですが、ギャビーさんの姓は「ジェイド」。
おそらく「ジェイド」という姓は母親のものだと思われます。
やすらぎくんお母さんの姓を持っているってことはやっぱりアメリカ国籍ってことなのかな~
2025年11月8日のギャビーさんのInstagramに幼少期のものと思われるパスポートの画像が公開されていましたよ。
「Nationality」の欄に「United States of America」と記入されていますので、当時はアメリカ国籍だということがわかります。
4歳で福岡に移住してからは日本に住んでいるので、国籍を日本に変えている可能性も。
あそっち移住してからもアメリカの親戚とは連絡を取り合っていたらしいッピ!
ギャビーの出身地は?
ハーフとして生まれたギャビーさんですが、出身地はどこなのでしょうか?
出身地はどこ?
ギャビーさんは、
出身地はアメリカ合衆国ニュージャージー州です!
やすらぎくん生まれたのはアメリカなのか!
ニュージャージーはマンハッタンのすぐ隣にあります。
電車で20〜30分でNY中心部へアクセスでき、仕事はニューヨーク、生活はニュージャージーという人が多いです。
やすらぎさんベッドタウンみたいな街なのかな~
アメリカで生まれたギャビーさんは、先述した通り4歳の時に家族で福岡県筑紫野市に移住しました。
アメリカ人の母親は日本の生活になじめず、ギャビーさんが4歳の時に離婚してアメリカに帰国します。
その後は父、姉、祖母と生活しますが、様々な困難があったのだとか。
幼少期から、言葉の壁によるいじめ、両親の離婚、食事すら十分に摂れないほどの生活苦を経験し、
テレ東プラス より
憧れのモデルになるために16歳で単身上京したギャビー。
ギャビーさんの父親は再婚を繰り返したので母親が何度も変わったり、父親が帰ってこないこともあったそうです。
中学生の頃は施設や親戚、友達の家を転々とする生活をしていた時期もあり、文房具は落とし物を使っていたりなど、かなり厳しい貧困環境でした。
やすらぎさん地域の人や学校の先生が助けてくれたこともあったんだって~
今、こうしてポジティブでいられるのは、自分の性格というより、腫れ物に触るような態度で接する大人が周りにいなかったことが大きかったのかも。
テレ東プラスより
無視されることもなく、みんながグイグイ踏み込んでくれたので、“私のことに興味を持ってくれてるんだな”と思えて、心を開くことができました。こういう性格になったのも、周りの方のおかげかもしれない…すごく温かかったんです、地元が。
ギャビーさんは周りの温かい支えの中でポジティブでエネルギッシュな女性と成長されたのでしょうね。
子どもの頃から「手足が長くてモデルになるぞ!」という強い思いを持っていたギャビーさんは16歳のとき、アルバイトで貯めたお金を持って上京。
渋谷・センター街で歩いていた時に、雑誌『BLENDA』からスカウトを受けてモデルデビューします。
やすらぎさん抜群のスタイルで目立っていたんだろうな~
ギャビーの家族構成まとめ!
ハーフとして生まれたギャビーさんですが、
家族構成は「父親・母親・姉・ご本人」の4人家族です!
詳しく深掘りしてみましょう。
父親は?
ギャビーさんの父親の名前や顔画像は公開されていませんでした。
【#KUNOICHI でみせた根性の背景は…】#女性版SASUKE の「KUNOICHI」で見事に1stステージをクリア、2ndステージもわずか数秒の差でクリアできなかった #GABBY さん。感動をありがとうございます。#ギャビー… pic.twitter.com/GTUE50bL9m
— FRaU(フラウ) (@frau_tw) November 24, 2025
ギャビーさんは父親のことを自由奔放な性格で、「すごく自由人」と語っています。
「急にジャマイカに行ったり」と奔放な父親は「(ほとんど家に)居なかった」と回顧した。来日時は日本語が喋れなかったこともあり、慣れない日本でいつも家では1人だったことから「もうグレるしかない時期もあった」と吐露。「『金髪ハリケーン』って言われてました」とやんちゃ時代のあだ名を懐かしそうに明かしていた。
The Newsより
あそっち寂しかったんだね~
そんな破天荒な父親に振り回された子ども時代を過ごしたギャビーさんですが、現在のポジティブシンキングは父親からの教えだったようです。
お父さんが教えてくれた言葉で、“自分以外は信じるな、人のせいにするな、全部自分で決めろ”と。そうすることで、自然と人を恨まなくなるんですよね。人任せにする、人に期待しすぎると、何かトラブルが起きた時、きっと誰かのせいにしちゃうのかなって。全部自分の責任でやれば、失敗したとしても“しょうがないからまた次に!”と乗り越えられるような気がします。だからスーパーポジティブになれたのかも(笑)」
テレ東プラスより
やすらぎくんパパもポジティブな人なんだろうね~
父親はアメカジ風のファッションが好きだったことがきっかけで、ギャビーさんもヴィンテージファッションが好きになったのだとか。
ファッションへの知識や興味は父親からの影響が大きいのかもしれませんね。
母親は?
ギャビーさんの母親の名前や顔画像は公開されていませんでした。
5歳で母と生き別れ 28歳モデル・ギャビー『鬼レンチャン』で生い立ち告白(写真 全11枚)https://t.co/2ENyHyAm7O
— オリコンニュース (@oricon) September 23, 2025
#千鳥の鬼レンチャン #ギャビー @oni_renchan
アメリカ人の母親は日本の生活に慣れることができず、ギャビーさんが4歳の時に離婚してアメリカに帰国しました。
その際にギャビーさんが20歳になるまでは連絡を取らないと約束したそうです。
あそっちきっとママもつらかったんだろうな~
幼かったギャビーさんは母親がいなくなった理由を当時はあまり理解できなかったことでしょう。
母親がアメリカに帰国してからは、母親と連絡は取れずどこにいるのかもわからなかったのだそう。
しかしギャビーさんが20歳を過ぎたある日、インスタに突然産みの母からダイレクトメールが届きました。
「そのときに、いろんなわだかまりが消えました。お母さんの当時の心境……本当は、私たちと一緒にいたかったこと、日本語がわからなくて慣れない生活に戸惑ったこと、VISAの関係もあって帰国するしかなくなったこと、日本に戻ろうとしたら、もう父が再婚していたこととか……。いろんなことがわかった。『でも、あなたたちを捨てたわけじゃない。子どもたちのことは大好きだったし、今も大好きよ』って言ってくれて。
with digitalより
やすらぎくんギャビーさんがモデルとして有名になったから連絡が取れたんだって!
このために、「モデルになってよかった」「頑張ってきてよかった」と感じたと語っているギャビーさん。
今でも母親との交流は続いているそうです。
姉は?
ギャビーさんの姉の名前や顔画像は公開されていませんでした。
「オオカミ」出演の美人モデル、奔放な父との生活・実家が突然潰れていた壮絶過去「グレるしかない時期もあった」
— モデルプレス (@modelpress) August 23, 2024
🔻記事詳細https://t.co/3BhrGCxDQn#ギャビー #じっくり聞いタロウ @GABBY_1020
ギャビーさんの姉についての情報はほとんど公開されていません。
ギャビーさんと一緒に日本に来たようなので、子ども時代にはギャビーさんと一緒に日本で生活していたと考えられます。
やすらぎくんお姉さんもキレイな人なんだろうな~
ギャビーさんは両親との関係が複雑だった子ども時代を過ごしましたが、家族のことを「世界で一番愛している」と語っています。
自分にとってはたった一人の存在だし、私に対しての愛も感じる。家族がいるだけで幸せだから、これからも仲良くし
テレ東プラスより
ていきたいと思います。
ギャビーさんは家族への愛情が強く、「色々傷はあったけど、それを乗り越えて今がある」という思いが彼女の価値観に深く根付いています。
アメリカと日本のハーフとして生まれ、自身のアイデンティティを確立してきたギャビーさん。
これからも応援しています!